生協について 3
このような一連の生協規制や規制強化の動きにたいして、むろん生協側からは強い反発があります。
組合員の反対運動も進められてきました。
争点は、個々には多岐にわたりますが、つまるところは、相互に結びあう2つの点に帰着します。
第一に「生協はスーパーか」、第2に「生協の役割は終わったか」ということです。
生協攻撃は、生協活動の伸長で揺すぶられる小売業者から生じました。
その場合、小売業者は中小の業者だけとは限りません。
このことは、先の生協包囲網の形成からも明らかですし、当然のことでもあるでしょう。
そしてそのさまざまの攻撃は、要するに、生協は今ではスーパーとどこが違うかという事からくるのです。
生協は専従の従業員によって運営され、誰でもほんのわずかな出資金だけで至極簡単に組合員になれ、生協の店は現実にどんな人でも利用できます。
事実上、スーパーとどこが違うのか。
それにもかかわらず、生協の事業が生協法でもって特別に保護されているのはどうしたことなのか。
いま一歩ゆずって、生協の果たしてきた役割は認めるとしても、これはおかしいでしょう。
生協はもともと貧しく弱い人々が集まってできた組織です。
わが国の生協法にしても、この法は、国民の多くが食うにも事欠いていた敗戦直後に、人々の生活を守るためにできたものです。
事情の一変した今日、生協活動は、立法の精神に背いた「見せかけの生協活こ、生協を「かくれみの」にしたスーパー事業にすぎない・・・というのが基本の論調です。