新宿西口「パチンコ横町」

では、日本専売公社が調査した昭和28年頃の、現実の街にみるパチンコ屋の"地図"は、どんな状態だったのでしょうか。

今となってそれを調べるのは非常にむずかしいと思われますが、さいわい2つの貴重な記録を秘蔵していますので、それを紹介することにしましょう。

まず第一は、東京・新宿の新宿駅西口、通称「パチンコ横町」(ふつう"横丁"という字が使われている所が多いようですが、ここではその頃"横町"でした)の、西口仲通りの"地図"です。

通りは、2つの商店街が向かい合っていました。

〈洋品店 飲み屋 すし屋 装飾品店 パチンコ屋 大衆酒場 すし屋 食堂 そば屋 ラーメン屋 パチンコ屋 パチンコ屋 喫茶店 天ぷら屋 パチンコ屋 菓子屋 中華料理店 焼鳥屋 中華料理店 中華料理店 衣料品店 飲み屋 カバン屋 中華料理店 かばやき屋 食料品店 パチンコ屋 焼鳥屋 パチンコ屋 食料品店〉

〈菓子店 洋品店 そば屋 パチンコ屋 パチンコ屋 パチンコ屋 中華料理店 パチンコ屋 しるこ屋 すし屋 菓子屋 パチンコ屋 焼鳥屋 釜飯屋 菓子屋 釜飯屋 焼鳥屋 すし屋 中華料理店 釜飯屋 肉屋 すし屋 洋食店 酒屋 パチンコ屋 洋品店 カレー食堂 パチンコ屋 肉屋 洋品店〉

パチンコ、ラーメン2軒おき その3

ところで、この

パチンコ屋6万8458軒

という数字ですが、警察庁の調査(昭和57年12月28日)では、同年10月末現在で

パチンコ屋1万303軒

となっていて、じつにその差は5万8155軒。

約30年間に、なんともたいへんな激減ぶりで、この2つの数字だけみると、パチンコは斜陽としか思えません。

しかしこれは、昭和28年頃のパチンコ屋は規模も小さな店が多く、いわば群雄割拠というか、群小割拠の時代だったのです。

その頃、場末には仕舞家の玄関をちょっと改造して、7~8台のパチンコ台をおいた小さな可愛いパチンコ屋もずいぶんあったものです。

それが、約30年間に整備され・・・

軒数は激減したものの、現在のパチンコ屋にみるような大企業化した店が残ったから、というわけで斜陽どころかどの店も日の出の勢いなのは、ご存知のとおりです。

パチンコ、ラーメン2軒おき その2

そのパチンコ人気がいよいよ発展をしている昭和28年3月・・・。

日本専売公社(今の日本たばこ産業株式会社)が、パチンコについて調査をしました。

いうまでもなく、日本専売公社にとってパチンコ屋は、景品用タバコを多量に買ってもらっているいいお得意さんです。

そこで、パチンコ屋にタバコを買ってもらった数字から逆算して、パチンコ屋の軒数を割り出したのです。

その結果・・・

パチンコ屋6万8458軒
パチンコ台92万7999台

ということが分かりました。

さらに、お客がパチンコで使う金は・・・

昭和27年度800億~900億円
昭和28年度900億~1000億円

と推定されました。

これは、当時の人口を8000万人として、パチンコのために1人が1年間に、1250円を使っていることが分かったのです。

パチンコ、ラーメン2軒おき

「日本中、パチンコ、ラーメン2軒おき」

という言葉が出たのは、昭和25年頃のこと。

事実、この頃からパチンコとラーメンは、ぐんぐんと発展していったのです。

そして、長く根強く、今日に至るパチンコ・ブーム、それとラーメン・ブームとなってきたわけです。

というのも、ラーメンもパチンコの良さ同様、庶民的、薄給的(?)、気楽的なところが、一般の支持を受けたからで、パチンコもラーメンも年ごとに人気を増していっています。.

ra.jpg

カテゴリー

管理人のお気に入り

新宿 キャバクラ

新宿歌舞伎町のクラブ、AMATERAS (アマテラス)のホームページ。当店の在籍キャスト紹介やブログ、地図・住所・電話番号、イベント情報、キャストやスタッフの求人情報、料金システム、メールマガジンのご案内等を掲載しています。

デスクトップ仮想化

通販コールセンター

EC&通販専門のコールセンター会社に、無料で複数の見積が取れる一括見積サイト「EC通販コールセンターナビ」。小コールや短期間でもOK!